レアとハマグリ

時は21世紀初頭。社内では、とあるオンラインRPGの続編の開発が走り始めていた。僕は別のプロジェクトに移っていった先輩より「アイテム業務全般」を引き継ぎ、そして、レアアイテムの出現率に頭を悩ませていた。

オリジナル作では、「真のレアアイテムとは、コミュニケーションを促進するため、話のネタにならなければいけない」という思想のもと、数万分の1の確率が当たり前、中には数千万分の1の確率でドロップというものまであった。つまり、狙って手に入れることはほぼ不可能なのが狙いであり、レア中のレアアイテムとは噂に上る程度の、あくまでもオマケ要素のはずだった。

もちろん、発売当初は立派にその役割を果たしていた。だが、それは3ヶ月、長くても半年を寿命と考えたバランスであった。嬉しい誤算ではあるが、オリジナルの発売から1年を過ぎてもプレイされ続け、ある者は自分のキャラクターを装飾したいという希望から、またある者は破格の攻撃力を手に入れたいという願いから、またまたある者は意中の人にプレゼントしたいがために、チャットの傍らではあるが、ゲームの目的は、攻略からレアアイテムの発掘に移っていった。

かくしてオリジナル作においてレアアイテムは、その極端な稀少さにもかかわらず、期せずして多くの人のゲーム上の目的として機能することになった。結果として、(当然ながら、)あまりの出現率の低さに少なくない数のユーザーの不満が爆発するに至った。オンラインゲーム故に、ユーザー間で容易に出現率が比較されたり、それらアイテムをゲーム内の正常な手続きなしで手に入れる行為が存在したのもその一助となったように思う。

僕が担当する別ハードでの続編では、その不満を解消せねばならない。僕はネットの掲示板に書き込まれるチームへの罵詈雑言を毎日のように眺めていた。そもそも矛盾している。なかなか出ないから「レア」と定義されるのだ。だからこその価値もあろう。設定上はレア(文字列が黄色いと、いわゆる「レア」と定義されていた)なのに出現率が高いと「カスレア」呼ばわりされていることからも明らかだ。なのに、出ないと怒る。気持ちはわかる。わかるが、僕にどうしろと。しかし、それをどうにかするのが僕の仕事だった。出現をコントロールする計算式を書いてはシミュレートして、納得がいかずにまた別の式を試す日々だった。

転機は意外なところに見つかった。潮干狩りである。

ゴールデンウィークをわずかに過ぎたタイミングで、親戚に誘われて、奥さんと子供と初めての潮干狩りに出かけた。ところが、目当てのアサリたちは、なかなか出てこない。連休中に大挙して訪れた人々によって採りつくされてしまったのだろうか。掘って掘って、ようやく出てきても、それは「シジミ」みたいな大きさのやつばかりなのだ。それが1分に1個くらいの割合で採れる。

うーんこりゃつらいなー、と思ったが、まれに、そう、10分にひとつくらいの割合で、大きさにして2倍くらい、大ぶりのしっかりとしたアサリが採れることがある。これが、結構うれしい。1時間ほど、「シジミ」ではない「アサリ」を目標に掘り続け、だいぶ腰が痛くなってきた。そろそろ、潮時かなーと思うころ、指先にいつもと違う感触が伝わってきた。

でかい。

でかいのだ。はやる心を抑えて慎重に掘り起こすと、なんと、ピカピカの「ハマグリ」ではないか。デカい。大きさが違う。「アサリ」のさらに2、3倍ある。周りで潮干狩っている人たちも祝福してくれた。

「すごいねー!」

「どうやってとったの?」

「見せて見せて!」

押し寄せる賞賛の声。

うれしい。相当うれしい。

そういうわけで、そろそろ止めようなんて気持ちはぶっ飛び、ハマグリを目標にさらに砂を掘り続けることを決意。その時、なんとはなしに、同じ場所をさらに掘ってみると、なんと、ハマグリがもう1個でてくるではないか。もしやと思い、そのすぐ周りを掘り返してみると、さらに1個。

かくして、その一箇所周辺から、合計5個のハマグリを出土した。気分はまるでパチンコの確立変動。もうちょっと続けると、アサリのほうも同じであることがわかってきた。大き目がとれたら、同じ場所を掘り続けることで、いくつも続く時があるのだ。もちろん、どれだけ掘っても続かないときもあり、うまくいかない。

というわけで、見事に潮時を失い、我に返ると3時間が経過していた。やばい。家族ときていることを忘れていた。しかも、金脈(俺が勝手に名づけた、アサリが続けて採れるポイント)を捜し歩いて、メチャメチャ遠くまで来てしまっている。これじゃあ、まるで迷子ではないか。

久しぶりに陸地を歩き、ずいぶんと重く感じる体をひきずって、家族のもとにたどり着く。ぶら下げた大量のアサリといくつかのハマグリを見て、仰天する家族と親戚。僕は、勢い込んで、奥さんに潮干狩りの魅力を語った。僕を潮に留めた、その絶妙なバランスを。

「いや、マジすごいんだって。10分くらいやってちょっと飽きてくるとさ、ちょっと大き目のアサリが採れるのよ。そんで、それを何ターンか繰り返して1時間くらい経つじゃない?もう、そろそろ帰ろうかなー、なんて思うとさ、出てきちゃうのよ、ハマグリが!そりゃあ、もうちょっとだけ、って思うわな。で、また、ちょっと大き目のアサリにつられてもう1時間よ。で、そろそろと思ったらハマグリじゃない?いや、ヤバいよ、このバランス…… …… ……あ!!!!!!!!!!!!!!」

これだこれだこれだこのバランスだ!!!!!

    • 退屈にならない程度の軽いつなぎに「シジミ
    • 15分から30分に1個くらい出現して、ある程度価値がある「アサリ」
    • プレイをやめようかと思うタイミングで出現する本命の「ハマグリ」

つまり、「ハマグリ」は頑張れば手に入るが、簡単には出現しない。でもその過程を楽しめるように、「シジミ」や「アサリ」が適度にドロップする。レアアイテムの出現率のコンセプトはこれでいくしかない!!!

さらに、

    • ほとんど出現しない、レア中のレア「ホタテ」
    • とある条件で連続してレアが出現しやすくなる「確変タイム」

みたいなところをオカズに加えて、最終的なバランスの方向を決定し、テストプレイを重ねて最終調整を加えていった。

その話を、会社のお昼のスピーチ(もちまわりで全員がする)でしたら、これが大ウケ。部内のバグチェックでは、レアアイテムが出るたびに、「IDA-10、これは、アサリ?ハマグリ?」とたずねられるハメになった。しばらくすると、みんな出現率の違いが体感できるようになって、「なんだシジミかよ……」「ハマグリおめ!」と楽しむようになってくれた。

この調整の結果がどうだったのかは、プレイしてくれた1人1人違うわけで、自己評価は「概ねOKっぽかった」くらいに留めたい。でも、たった数時間の体験によって、資料用のゲームをアホのように遊んだ経験や、何週間も重ねた机上の試行錯誤をぶっ飛ばして、スパっと仕様の方針が決った瞬間は、今も心に強く残っている。

このように、他のゲームや映画から思いついたアイデアをアレンジするのではなく、実体験を元にしたコンセプトの太さと強さはすさまじい。今なら、諸々のゲーム制作経験から、同じ結論を導き出せたかもしれない。でも、以降、ゲームの重要な要素の決定は、なるべく実際の経験から導きだすようにしている。その方が圧倒的に伝わりやすいし、そしてなにより、自分が楽しいのだ。