会社のラウンジで日本人の同僚とコーヒーを飲んでいると、米国人テスターでありアニメ・マンガオタクのSが話しかけてきた。
「ハイ、ガイズ、"MOE"についてちょっと聞きたいんだけど......」
「……何?『萌え』?」
同僚がメガネをクイとあげた。目が光った。何を隠そう、彼は萌えにはちょいとうるさい男なのである。俺は彼を「師匠」と呼ぶ。人によっては「アニオタ」と呼ぶ。
「女の子に使う"MOE-RU"てのは、どういう意味だい?"KAWAII"とは違うの?」
師匠がメガネを拭きはじめた。おそらく、今、彼の頭の中は、「萌え」についての大量の言説や独自の解釈が渦巻いているのだろう。
「ふむ、"MOE"か……。その単語は一般的に言えば、『行動を好ましく感じる』という意味であるな。ただし、言葉の定義よりもSが自分で『萌え』を感じることが大事だと思う。」
なるほど、たしかに。
「うーん……、でも、みんなが盛り上がっていたシーンは女の子が食器棚の高いところにある皿をとろうとして、手を伸ばしていただけなんだよね。ボク、いまいち魅力を感じないんだよ。」
師匠はまだメガネを拭いている。
「……日本人には、日本人の萌えがあり、米国人には米国人の萌えがある。」
「え、ナニ?」
「『背のび萌え』は、背の低い日本人特有の萌えなのだろうな。」
「つまり、アメリカンな"MOE"ならボクにもわかるってことかい?」
たしかに、萌えという感情は文化的背景が関係するかもしれない。さすが師匠。
「……『のっぽの女子が腰をかがめてドアをくぐる』ってどう?」
「ホワット?」
師匠、外しました!
「うーむ、背が高い女性は米国人ならではと思ったが……。」
ここで俺も参加。アメリカっぽいところを攻めてみる。
「バーガー食べてて指についたケチャップを舐めるところとか。」
Sの眉がピクりとあがった。きたか。
「丈の長いベースボールシャツにホットパンツとか。」
ここで、師匠のメガネを拭く手がピタと止まった。
「違うな、IDA-10。それは『劣情をもよおす』と言うのだ。」
あ、ちがうんだ。すまん。じゃあ、えーと。
「ボーイッシュな行動は?メジャーリーガーみたくナックルぶつけてくるとか。」
「おー、たしかに『サンクス、バディ』とか言われるとちょっといいね。」
「スタバでサングラスをずらして上目遣いでメニューを見てる女性とかは?」
「あー、ちょっとcuteかも。」
「……ッ!」
ここで師匠がついにメガネをかけ、Sをしっかと見据えた。
「おいS、女の子がサングラスを外したらすごくかわいくて、しかもそのサングラスをTシャツの裾で拭きはじめて、おヘソがチラチラみえるのはどうだッ!!」
「……イツハット!It's hooot!!」
おお、なんか琴線に触れたらしい。すごいテンションあがってる。
「イズ ディス "MOE"? イズ ディス "MOE"?」
「イエス、ザッツ "MOE"!!」
「オーケー!わかった!ボクもひとつ言いたいな!えーと、女の子がスープを味見したらすごく熱くて"SHIT!"って言いながら床にビュっとニンジン吐き出すのってすごく"MOE"でショ?」
ちげーよ。