妻が小説を終わりから読む理由

最初にいっておくと、別に彼女はネタバレに無自覚ではなく、俺が彼女にネタバレされて嫌な思いをしたことは一度も(たぶん)ないし、その是非や良い悪いを語りたいわけでもない。きっかけはポッドキャストをいっしょにやってる@miyaokaさん(id:miyaoka)のこのポスト。

文中のめぐみさんは僕の妻で、イダテンさんは僕なんですけど、前々からなぜ彼女が楽しみにしてる長編小説を終わりから読むのか気にはなっていた(ちなみに長編アニメーションでも同じ行動をとる)。

ここではてな社にカチこんだこともある@kiyosick(id:kiyo-shit)さんから理由になりそうな情報が。

うーん、性差の話なのか?直接会って話している僕の印象とは何か違う。そんな普通に先を知りたい感じじゃない。こんな感じでただならぬ覚悟をもって結末を知りたがるのだ、妻は。

もう少し聞いてみるとこんな答えが。

でも、これは僕が聞いて返ってくるいつもの答え。やっぱりそれは二回目以降の楽しみと下位互換があるのでは。ラヴフール管理人、ポッドキャストゲームモゴモゴ」主催のたかなべさん(id:takanabe)からも同じようなリプライがくる。

他にもいくつか近いリアクションを散見する中、久谷女子メンバーの@negimisoさんからの援護射撃が。

なるほど、これは納得。………しかし、どうも何か、それだけじゃない気がする。そうなんだけど、やっぱり積極的に最後を知りたい理由には思えない。ふと元になった発言の「結末を知らないと安心して読めない」の部分が気になった。なぜ安心したいのか。そういえば出会って以来十数年この問答を繰り返してきたけど、その理由は聞いたことがなかったかもしれない。すると、予想外の答えが返ってきた。

「先が気になると内容に追われて、はじめてページを開いたときの文字の配置を楽しんだり、じっくり行間を読んだりできないのが嫌。」

なるほど。完全に納得。

でも、これだけでわかるのは、僕が彼女の配偶者としてたくさんの創作物を一緒に読んだり、観たり、聴いたりしてきたからだと思う。どういうことか彼女自身が挙げた小野不由美氏の十二国記シリーズで補足してみる。

妻の下に十二国記の新刊が届いた時、大好きな「主上*1が一字一句まで精査して練り上げた物語の隅々まで味わいたい気持ちがうまれる。単語ごとにその言葉が選ばれた理由を考えたり、たった一語から一気に頭に広がる架空の国の情景にしみじみと浸ったり。それだけじゃない。彼女はページに配置された異世界の漢字のバランスの美しさを愛でたり、言葉の響きの調和まで音読して楽しむ。彼女にとって、初めて本を手に取った時の喜びはこれらにこそ、一番大きくあらわれる。

そして、その気持ちは、ストーリーを追いたい気持ちと相反してしまうのだ。つまり、「結末を知らないと安心して読めない」。早く先が知りたいけどゆっくり楽しみたい。心は千々に乱れその葛藤は大好きな作者の新刊を前に、もはや大きなストレスとまでなる。始めて手に取る本なのにそんな気持ちで読みたくない。

彼女は何回でも同じを本を読む。十二国記シリーズは十回や二十回じゃきかないし、彼女が小さい頃から親しんできた古典や童話はいうまでもない。結末を知ることはこれから何十年にわたる上記の楽しみの、ほんのわずかな一部でしかないのだ。

だから、最後から読む。それが、彼女の感性が辿り着いた大好きな本に対する作法だ。そしてそれは彼女にとって完全に、正しい。


というわけで僕は、彼女との間で幾度となく行われたネタバレ論争の結末を迎えた。また、彼女と出会い*2、そして結婚を心に決めたことを思い出した。夜の散歩を好み、雲のない夜空を見て蒼空といい、枯れ葉を踏む音を楽しむ彼女は、ビデオゲームしか知らない僕とはまったく違う世界を生きていた。僕は、彼女の感性そのものが美しいと思った。その世界を少しでも共有したくて、これからも一緒に人生を歩みたいと思った。

それなのに、ついつい彼女のネタバレ好きにポカーンとしてしまった。でも、これこそが僕が妻を愛する理由のひとつであり、結婚の楽しみじゃないか。15年間の結婚生活は、少しずつそれを当たり前にしてしまっていたけど、まだまだ僕の知らない彼女がいた。彼女が少しも変わらず美しい感性を持ち続けていることを確認できた。そんな彼女と生活を共にすることができるなんて、僕はなんて幸せなんだろうか。神様、ありがとうございます。

願わくば、彼女が大好きな作者の新刊を3冊ずつ買う理由も知ることができますように……。

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*1十二国記では国王を主上と呼ぶのにならってファンの間ではそう呼ばれることがある

*2:妻との出会いに関するポエムはこのへん→ 偶然と初恋と - GAME NEVER SLEEPS