暴力ゲームを開発してるクリスチャンの話

クリスチャンの同僚何人かとバイオレンスゲームを作ってることについて話すきっかけがあった。俺はカリフォルニアのベイエリアで血がどばどば出るゲームとか作ってまして、実は彼らがどうやって折り合いつけてるのか気になってて、会話の中になんとなく答えがあったのでメモ。もちろんアメリカの会社なんで、表向きは個人の宗教観に触れるのは思いっきりタブーなんだけど、そのへんはまあ深夜のバカ話の勢いで。

  • テストプレイ中、敵の首をまとめて刎ねる時"YES!"って叫んじゃう。
  • 人を殺すアニメーションを作るとき、事前に赦しを乞う(ask forgiveness)こともあるけど、基本は無心。
  • あまりにも酷いシーンをつくった後は教会で懺悔することもある。
  • でも、生活するためだから神様は赦してくれるはず。
  • バーチャルで罪を犯すことで、現実で罪を犯す過ちを避ける助けになることもあると思う。
  • ゲームとして、遊びとして面白いものをつくってる確信はあるが、神様に照らし合わせて善いかどうかは正直わからない。
  • 仕事中に神様に問う機会が多くなるのは良いことでもある。自分は何者かを確認する機会と言い換えてもいい。
  • 幸いにも、宗教観において許容できないような仕事は、出会ったことがない。

最後のコメントに関して言うと、クリスチャンの彼らが許容できない表現は、潜在的に諸団体からクレームを受けるリスクと考えることができるから、内容によほどの必然性がないと事前に回避されているはず。そのリスクを予期した上で、CoD:MW2の空港ステージ*1みたいに相当の追加コストをかけてゲームを作るのは例外中の例外だと思う。そういう意味では、クリスチャンである彼らの良心とバイオレンスゲームを作るという企業活動は、ギリギリのところで折り合いがつくようになっているのかなーと思った。

面倒くさいけど、いちおう予防線を張らしてもらうと、ここで突っ込んだ宗教論を語るつもりはまったくなくて、この会話中にもあえて彼らの宗派等には触れてない。あと彼らの個人的な、しかも俺に話せる程度の宗教観の話なんで、全くもって一般化できない話ですよ、と。

そんな感じで特にオチもなく終わります。

*1:テロリストの一団に潜入したエージェントになるステージ。テロリスト達がプレイヤーの目の前で大勢の民間人を虐殺する。ここだけ、ステージ突入前に本当にプレイするか聞かれるだけでなく、レベル中のステージスキップも実装されている。北米版ではプレイヤーはテロリストと一緒に民間人を射殺できるが、リージョンによって民間人殺害でゲームオーバー、もしくはステージそのものがないなど、制作する側からすると考えるだけでも頭が痛い例外が山盛り。