Neil Youngのソロ公演にいってきた

学校に上がる前から、ずっとNeil Youngの音楽が流れていた。父のカーステレオから、居間のターンテーブルから。ずっと彼の音楽を聴いてきた。受験勉強をする深夜に。妻とはじめて出会った夕べに。長男の出産を待つ朝に。アメリカに行くことを決めた夜に。俺にとって、彼の音楽を聴くということは、自分の半生を回顧するのと同義である。また、俺に深く関わり影響を与え続けてきたNeil Youngのショウに立ち会うということは、自分という人間に対面するのと同義である。

"Twisted Road"と冠されたソロツアーのショウの当日。ちょっと気負いすぎだと自覚しながらも、どうしても、興奮を、不安を、制御できない。彼のショウを観るたびに、俺は自分が何者かを再確認させられ、これからどう生きるのか、突きつけられることになるから。Neil Youngは、俺にとってそういう人間だ。彼は常に自分を見つめ、必要と信じたことを貫く。例えファンに背いても。巨額の費用がかかっても。架空の街Greendaleが織りなす群像劇をアルバムにまとめ、映画を撮り、劇団をひきつれて全世界をまわる。大統領を弾劾しようと歌い、ブッシュ政権につばをかける。ここ最近だけでも、これだ。若い頃は言うまでもない。

いよいよ開演。事前の情報は極力得ない。自分の全部を傾けて彼の音楽を聴く。瞬間瞬間を心に刻む。目に焼き付ける。Neilがステージに立つ。ジーンズに白いジャケットに白いハット。独りでアコースティックギターをもって。

1曲目、"My My, Hey Hey"。錆び付くよりは燃え尽きたいと歌う。初めて聴いたのは保育園に向かう車の中で、エレクトリックバージョンの"Hey Hey, My My"だった。激しく歪められたギターを聞いて、ディストーションなんて知らなかった俺は父親にテープ壊れちゃったの?と質問したのを覚えてる。高校の頃、カート・コベインが自殺した時、遺書に歌詞の一部が引用されていたと聞いてどうしようもない憤りにかられた。違う違う違う違う。死ぬんじゃない、何にしがみついても生きて燃え続けるんだよって。みろ、ニールを。今年65才だ。ロックンロールは死なないって声を張り上げてる。よかった。まだロックは死んじゃいなかった。Neilが言うんだ間違いない。

"Tell Me Why"、"Helpless"と続く。高校の頃、もう辞めて働こうと思ってた。何のために勉強するのか分からなかったし、友達なんてみんなうわべだけだったし、もっと言えば死んでもいいと思ってた。"Tell Me Why"は淵野辺ディスクユニオンで買ったSiver Shadowの71年のソロツアーのブートレグに入ってるのを繰り返し聞いていた。Nils LofgrenとRalph Molinaがコーラスをつけるアルバムバージョンより、独りぼっちでひょろひょろとか細い声で歌うやつのほうが好きだった。その頃、CDはブートの方が安かったし、いろんな曲がいっぱい入ってた。時間だけはあった俺は、毎日レコード屋をまわっては、中古のブートを探してた。"Helpless"は父親がタイで買ってきたカセットテープに入ってた。英語は良くわからなかったけど、どっちの曲も絶望をうたってるのはわかった。俺も何かの理由が知りたかったし、希望はまったくなかった。学校からの帰り道、将来が、今が、不安で怖くて、自転車をこぎながらニールの真似して甲高い声でへるぷれすへるぷれす歌ってた。

ここで新しい曲が。「俺が働いてる間、お前は天国みたいなバケーション」と歌って笑いを誘う。「お前はホッケーゲームをみにいく。Red Wingsが街に来る」のパートでブーイング、「お前の車はIn-N-Out Burgerのポテトだらけ」で観客爆笑。続けて新曲。彼が近年もつテーマでもある人間と神の関係を歌う。「誰がこの世界を導くのか、誰が闇を照らすのか、誰が人間を護るのか」と彼は問う。さらにテーマを引きついだ新曲。「人は愛と戦争について祈る。僕は愛と戦争について歌う。これからも歌い続ける」と宣言。観客喝采

ここで彼のトレードマークともいえるエレクトリックギター、ギブソン社のレスポール通称オールドブラックに持ちかえる。これだけでファンは大騒ぎ。Neilが最初のフレーズを弾きはじめる。すぐわかる。1969年の"Everybody Knows This is Nowhere"に入ってて、中学生のときにギターソロまであわせて9分以上あるこの曲を完全に覚えて、林間学校でエアギターを披露してみんな引かせた"Down By The River"だ。全員着席の雰囲気がやぶられて、大勢が立上がって拍手。曲が終わる頃、俺は座って泣いていた。「独りじゃいられない、そばにいてくれ」と懇願した女性を、自ら撃ち殺す歌。ああ、俺じゃん。俺、俺。奥さんなしじゃ生きていけないくせに苦しめてばかりの俺じゃん。小学生の俺も、大学生の俺も分かってなかった。これは俺のことだった。教室で「だーうんばいざーりぃーばー」とかホウキ弾いてる場合じゃなかった。

次は"Hitchhiker"。これは92年のツアーで披露されたアルバム未収録曲で、俺は"All Along Watch Tower"ってブートレグCD*1で聴いていた。ドラッグ遍歴の告白で、初めてのハッシュからアンフェタミン、マリワナからコカインまで続いて終わる。はずが、はずが。ずっと聴いてきたこの曲の最後に歌詞が足されていた。「あれからずいぶんと経って、過去を忘れようとしたけど、どうしても追いすがってくる。どうやって、ここまできたのか分からない。ただ、妻と子供達に感謝してる。」といった内容だったと思う。直前の"Down By The River"も"Hitchhiker"も、過去の後悔を歌った曲だ。でも今、妻と子供に光をみている。乗り越えるのではない。受け入れるのとも違う。ただ彼は確かに前に進もうとしている。そこに家族がいる。だから先に進める。そう感じた。そのわずかな予感は、"Ohio"を経て、次の2曲の新しいナンバーで確信にかわった。

「奥さんと散歩にでて、手をつなぐ、それが愛の証」

俺はこんなにも自分の心を代弁してくれるフレーズを知らない。それから彼は小さいピアノに座ると、小さい小さい子供の歌を歌い始めた。

「音楽の枝から落ちる葉っぱをつかまえて、魂で感じる音楽をつくるんだ」。

サビでは自分の子の名前を呼ぶ。「ベン」と*2。うらやましい。こんなに子供を愛していると表現するピアノを、歌声を、もっているなんて。次に演奏されたオルガンによる"After The Gold Rush"は殆ど耳に入らなかった。彼が歌詞の1970年のところを24世紀に代えたり、観客が恒例の"I felt like getting high"のフレーズで大騒ぎするのをぼんやり聞きながら、俺は、彼が、家族を、明確な人生の希望として位置づけ、確かに歌うのを聴いて、ただただ涙が止まらなかった。来て良かった。観れて良かった。

再びオールドブラックに持ちかえて、世界が不吉に変わりつつあると歌う新曲。そして、"Cortez The Killer"。1976年に発表された古代文明とコルテスについての叙情的な曲は、先の新曲と呼応する現代いたるところで起きている悲劇の暗喩だ。ニールは弦をたたき、こすり、ほぼまともにコードを弾くことすらしなかったが、クレイジーホーズと演奏されるのと同じくらい、またある意味より深く、黄昏ゆく世界への彼の悲しみを感じとれた。曲がおわり、大歓声とフィードバックノイズの余韻を断ち切る、軽やかな"Cinnamon Girl"のイントロ。さらなる観客の口笛、手拍子。みんないつだってこのちょっとした恋の歌が大好きだ。そう1970年からずっと。"You see your baby loves to dance"のあとの"Yeah, yeah, yeah!"ではついに大合唱。これがラストナンバーで、観客一同ニールが戻ってくるまでスタンディングオベーション。アンコールは新曲。ここまできて、まだ泣かされると思わなかった。

「友だちをなくした。魂をなくした。でも僕はまだ旅の途中。独りじゃ歩きたくない。一緒に歩こう。僕を照らしておくれ、一緒に歩こう。」

最高だ。最高のラブソングだ。

ツアータイトルの"Twisted Road"は、いうまでもない、現代社会の行く先を示すメタファーであり、後悔ばかりの過去と破滅の兆候をみせる現代の曲をいったりきたりのセットリストだ。だが、彼はショウの中で、その道をどうやって歩くかを高らかに歌い上げた。世界がどうなろうとも、家族がいれば大丈夫だ。俺も奥さんと、子供たちと、それから、Neil Youngの音楽と共に生きていく。大丈夫、大丈夫だ。

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2010-07-14, Fox Theater, Oakland, California, USA

Solo

#1. My My, Hey Hey (Out Of The Blue) / (1978)

#2. Tell Me Why / (1970)

#3. Helpless / (1969)

#4. You Never Call / (2010)

#5. Peaceful Valley / (2010)

#6. Love And War / (2010)

#7. Down By The River / (1969)

#8. Hitchhiker / (1992)

#9. Ohio / (1970)

#10. Sign Of Love / (2010)

#11. Leia / (2010)

#12. After The Gold Rush / (1970)

#13. I Believe In You / (1970)

#14. Rumblin' / (2010)

#15. Cortez The Killer / (1976)

#16. Cinnamon Girl / (1970)

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#17. Walk With Me / (2010)

Sugar Mountain - 2010-07-14, Oakland

*1:オフィシャルに発売される2007年まで、"Ordinary People"はずっとこのブートで聴いてた。Chrome Dreams2に入ったバージョンよりこっちのほうが良いと思う

*2:次の日は全部レイアに代えられていた。つまり本来の歌詞はレイアらしい。たぶん、地元なので息子さんが来ていて、それで歌詞を変えたのかもしれない