渡米直後のこと。
日本では警察につかまったことは一度もなかったが、まだ慣れない高速道路でスピード違反でつかまった。これがメチャメチャ怖かった。
会社から家へ向かう深夜のフリーウェイで、法定速度ちょうどくらいの100キロほどのスピードで帰宅中、妙にぴったりついてくる車がいて、あおられてんのかなーと思い、120キロまで一気に加速した刹那、その車の屋根で赤いランプが閃いた。パトカーだった。
55マイル制限の道路を80マイルで走行。時速にして40キロオーバー。文句なしのザ・スピード違反。とりあえず、車を路肩に寄せ、停車。パトカーもすぐ後ろに停車。ハイビームにされ、バックミラーにうつるのは、やたらまぶしいライトと、せわしなく赤と青に点滅するランプだけ。
見た見た見た!コーエン兄弟の映画とかで見た見た!「ファーゴ」であったよこんなん!これかー。後ろなんも見えねー。うわなんか、すげードキドキする! 車から降りてきた警官のハンドライトが窓越しに顔を照らす。まぶしさに目を細める。あ、俺いま映画に出てくる犯人とおんなじ顔してんなー、と考えながら。
こんこんと窓を叩かれる。高速道路の薄暗いオレンジの光に浮かび上がったのは、おもわず笑うほどの完璧なポリスメンだった。 いかつい身体に、タレ目サングラス(夜なのに!)。モミアゲあくまで長く、そして豊かな口ヒゲ。まるで、ビースティーボーイズの『サヴォタージュ』のPVから抜け出てきたような警官が、窓をあけろとジェスチャーしている。
参考画像
……やべ、見とれちまった。ここまでは、アメリカポリス初体験に完全に浮かれていたが、腰にぶら下がったピストルをみて我にかえり、すぐさま窓を開ける。葉巻があれば完璧だったとか考えてる場合じゃない。
「両手を見えるところに置け。」
これだよ!やっぱり浮かれちゃう!うおー、これ映画で悪いやつが言われるセリフじゃん!それで座席の下から拳銃を取り出そうとしたりするんだよね!それでその後……
ズドン?
なんか急に怖くなってきた!浮かれてる場合じゃないよ!あやしい行動とったらズドンだよ!
「ドライバーライセンスを持っているか?」
「バッグの中にあります。 」
「よし、スローリーに取り出せ。」
きゃあー、クイックに出したら撃つってことですか!マジこえーよ!撃たれるよ!もう、ポリスのひとことひとことが、全部(オア・ダイ)に聞こえはじめる。
「む、国際免許? キサマ、住人だろう?(さもなくば撃つ)」
「ソソソウデアリマス!」
「住人はカリフォルニア州の免許が必要だと知っているか?(知らぬなら撃つ)」
「シシシシッテイマス!!」
「なぜ持っていないか答えよ(返答によっては撃つ)」
「なぜならば、ソーシャルセキュリティナンバーをジャスト受け取ったところだからです!!」
「キサマはすぐにテストを受けにいかねばならん(受けねば撃つ)」
「行きます、すぐ行きます!今行きます!」
「ハ!今は夜の1時だ!明朝行くのだ(天国にな)」
うわー、こ、殺されるー!イエス、サー!必ずや!
「スピードに気をつけろよ。」
「アイ、ウィル!アイ、ウィル!」
話も終わった雰囲気の中、とりあえず助かった、とほっとしたのもつかの間。念のためといった感じでぐるりと懐中電灯で車内を照らすポリス。ハンドライトが、後部座席の特大50cmメトロン星人フィギュアを照らす。
「おい、キサマ、それは何だ!」
ビクーっ!ヒー!!撃たないで!
『塗装の剥げが気になって、補修しようと会社から持って帰るところです。』
うわ、そんな複雑なこと英語じゃ言えねえよ!でも、早く、早く答えないと!えーと、えーと!
「いっつ メトロンセイジン。」
「ワット?」
ダメじゃん!セイジンか、セイジンが通じなかったか!星人って英語でなんていうんだよ、オイ!
「えーと、Mr.メトロンであります!」
「何それ?」
「彼はウルトラセブンのアクターで……」
えーと、幻覚宇宙人、ってなんていうんだ?
「ミスターメトロンは、マジックのアビリティを持っています?あ、ていうか、トイ!トイです!!」
「ふむ、ファニー ルッキンだな。」
なんだと!?お前、ちょっと武器もってるからって調子に乗りやがって!日本が誇る怪獣造形の妙をだな、ファニーとは何事……
「エニウェイ、チェック ユア スピード。」
あ、ハイ。ごめんなさい。立ち去るポリス。あれ、おわり?助かったの?違反キップは?くれなくていいの?どうやら、ポリスマンは見逃してくれたらしい。あー、よかった。
というわけで、銃を持った相手が目の前にいる、しかも、場合が場合なら俺を狙う、というはじめての種類の恐怖を体験したスピード違反でした。みなさまもアメリカで車を運転する機会がございましたら、くれぐれもスピードにお気をつけください。
追記:メトロン星人は今もオフィスにいます