インド人の少女とアメリカ

朝、家を出ると時々出会う、同じアパートメントに住むインド人の家族がいる。何度かすれ違ううちにだんだんと世間話をするようになってきた。インドから越してきて半年しかたっていないとか、ここは涼しいとか。

今日も、ドアを開けると、その家族のお母さんと中学生くらいの娘がちょうど向こうからやってくるところだった。だが、何かが違った。あれ、と、目を凝らしてみて、すぐに違和感の正体に気づいた。娘が洋服を着ている。

そう、親子はいつもサリーに身を包んでいた。母親は今日もサリーだ。でも、今日の娘の装いは、若者に人気のアメリカのブランド"Abercrombie & Fitch"のTシャツとジーンズだった。

俺は何の気なしに"今日、アバクロ着てるんだね"と声をかけた。娘は少し恥ずかしそうに俯いて"イエス"とだけ言った。母親は、悲しげな表情でため息混じりに"She is American now"と答えた。

俺は、その母親の気持ちがなんとなくわかった。アメリカで3年を過ごした8才の長男と5才の次男が英語でふざけあう姿を見て、自分の子供たちが少し遠くへ行ってしまったような、もう、彼らが普通の日本人ではなくなってしまったような、そんな複雑な気持ちを味わったことがあるから。

でも、俺の子供たちは今でも納豆とお茶漬けが大好きな、紛れもない日本人だ。今度お母さんに会ったら言ってあげよう。娘さんはアメリカ人になったんじゃなくて、アメリカの生活に慣れてきただけだと。