未完成のゲームと、未実装の仕様がある。この仕様が実現すれば、現状、退屈極まりないゲームが、間違いなく面白くなる。しかし同時に厳しいスケジュールがある。問題は、この仕様をあきらめてスケジュールに間に合わせるか、作品の質のためにスケジュールを延ばすか。
こういう時、いつも思い出すのが、小野不由美著『図南の翼』にでてくる、「王になる人間が、化け物に襲われる100人の人間に出会ったらどうするか」についての一節だ。
自分の安全を省みず100人のために死ぬのは愚かな王。100人を見殺しにして自分の安全を確保するのが並の王。100人を助けて、なおかつ化け物を退治し、1000人の安全を確保するのが傑出した王。
恥ずかしい話だが、ゲームをつくっていて、仕様の変更を迫られるたび、思わず自分を重ねてしまう。無理な仕様の実装を敢行し期限に間に合わないのが愚かな企画者。仕様を切って期限に間に合わせるのが並の企画者。仕様を変更し、期限に間に合わせつつ、その変更で他の問題点も一気に解決するのが傑出した企画者。
妥協した中途半端な仕様変更で後悔したことは、一度や二度ではない。さんざん粘ってこれなら、すっぱり仕様を切ったほうが良かったと、何度悔やんだろうか。
それなりに場数も踏んで今わかることは、その場しのぎの対処は論外として、最初から妥協点を探していては、けっして傑出した企画者にはなれないということだ。目に見える問題点だけにとらわれず、ゲーム全体がどうあるべきかを見極める。すると、時に、ゲームを貫くルールが見えるときがある。すると、その問題はあっさり解決し、むしろ問題の根は他のところにあることがわかったりする。
というわけで、今日も僕は食事の時間も惜しんで、ハンバーガーを片手に仕様を練っている。あまりにも真剣で、ハンバーガーからケチャップたっぷりのピクルスがキーボードに落ちたのも気づかなかったくらい。さて、傑出した企画者としては、この事態にどう対処すべきだろうか。
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