プログラマのZくん(仮名)の話。
当時、Zくんは、初めて関わったソフトがようやくマスターアップを迎えようかといった、まだまだ初々しいプログラマだった。
2004年の暮れのこと。Zくんのもとに、離れて暮らす母親から、任天堂から荷物が届いたと電話が入った。彼は、注文したゲームソフトでも届いたのかと、さしたる考えも無く、いつものように「開けてゲームだけ送ってー」と頼んだ。
間をあけずに、再び実家から「ゲームは入ってないけど、どうするか」と電話があった。Zくんは、荷物の正体が、クラブニンテンドーの会員特典であることを思い出したが、送ってもらうも何も、この正月は、マスターアップの後の休暇で、帰省できることを思い出し、荷物はそのまま置いておくように伝えた。
しかし、この仕事の常といおうか、Zくんは急遽、正月返上でヘルプに入ることになってしまった。社内の他のプロジェクトの進行が思わしくなく、なんとか年度末までに発売させるためだ。
初めてゲームを完成させたことと、しかしながら予定が変わったことを実家に伝えるために電話をすると、母親は残念がりつつも、しきりに「おめでとう」と「神棚に飾った」を繰り返すのだという。神棚の意味はいまいちわからないながらも、Zくんは、初めてのマスターアップをこれほど労ってくれるとは思ってもおらず、感激しつつ、帰省できない不義理を詫びた。
「それで、Z、パーティはいつなの?」
「パーティ?」
「あるんでしょ?」
Zくんは、母親の興奮ぶりと、パーティへのこだわりに疑問を感じつつも、会社のクリスマスパーティ兼忘年会の日取りを口にした。
「服装は?」
「え?いや、その後すぐ仕事戻るし、別に普通だよ。」
「違う!あんたのじゃない、わたしの!」
来る気だ。理由はまったくわからないが、かなり本気で会社のパーティに来るつもりだ。あわてて、Zくんは母親を止めた。部外者は参加できないことを、分かりやすく説明した。
「部外者って、わたしは母親じゃない!」
「そうだけどホラ守秘義務とかいろいろあるし」
「じゃあ、ビデオだけでも送ってよ!」
「ねえよ、そんなもん!」
もはや、お互い、何を言ってるか良くわからなくなっていたが、とにかく絶対来ないように念をおして、その電話を切った。
そして、そんな出来事もすっかり忘れた1月末、ヘルプで入ったプロジェクトも無事にマスターアップを迎え、Zくんは帰郷した。
最寄り駅に着き、途中でタバコ屋に寄ると、顔なじみのタバコ屋のおじさんが、「Zくん、お母さんから聞いたよ。おめでとう!」と2箱サービスしてくれた。家に着くと、玄関で掃き掃除をしていた隣のおばさんが、「あら、Zくん。お母さんから聞いたわ、おめでとうございました」と挨拶してきた。
なんだ。何かおかしいぞ。そこまでおめでたがられる言われはない。
「お母さん、近所の人に何を言ったの?」
「いいからまず、仏壇のおじいちゃんに報告しなさい!」
ふと神棚に目をやると、Zくんが高校時代にもらった皆勤賞の賞状の隣に、黄金に輝くマリオ像が鎮座ましましていた。
Zくんは、その時、すべてを理解したという。
クラブニンテンドープラチナ会員特典が『ゴールドマリオフィギュア』であり、任天堂社から届いた荷物を開けた母親は、黄金のそれをトロフィーか何かと勘違いしたのだ。自分の息子がなにやら表彰されたんだと思ってるに違いない。年末の電話でやたらパーティにこだわってたのは、それだ。
そして、近所の人たちに、そのことを吹聴したのだ。そう考えると、隣のおばさんやタバコ屋のおじさんの反応も納得がいく。心を落ち着けて母親を問いただす。
「近所の人にやたら『おめでとう』言われるんだけど、俺のこと何か言った?」
「Zが会社から表彰されたこと、言ったわよ。みんなよかったね、って」
「俺、なんも賞なんか獲ってないよ」
「だって、金のトロフィーが送られてきたじゃない」
「あれはただの景品!しかも会社違う!」
「じゃあ、あんた……」
「俺はたくさんゲームを買っただけ!」
「どうしよう、私、親戚中にしゃべっちゃった……」
「あと、近所の人にもだろ!」
いいにくそうに母は続けた。
「あ、あと、Zの小学校の先生にも……」
その後しばらく、Zくんは任天堂社にヘッドハンティングされたとか、ゲーム大会で優勝してテレビに出たとかいう、尾ひれのついた噂を聞きつけた親戚や友人の対応に苦労したそうだ。
そして今、Zくんは、mixiの同窓会コミュに立っている『Z、ゲーム業界のアカデミー賞おめでとう~★』トピを見て、未だに苦悩している。
参考画像:
http://www.nintendo.co.jp/nom/0411/touchds/index.htmlより
参考リンク:
- クラブニンテンドー(オフィシャル)
- Wikipedia 『クラブニンテンドー』