スマイルをキミに

僕は、やりきれない感情を押し込めて、家で洗濯物を畳んでいた。ゲーム制作上、重要なマイルストンを目前に控え、僕の頭は残作業をどう消化するかでいっぱいだった。そういえば、家に帰ったのも2日ぶりだ。TODOに対して残された時間の少なさに、絶望に近い陰惨な気持ちを抱える僕とは対照的に、何か嬉しいことでもあったのか、次男がごきげんで走り回っている。

僕は考え事をしながら洗濯物を畳み続けた。畳んで畳んで畳みまくった。畳み終え、クローゼットに洋服をしまうために立ち上がると、さっきまでひらひらと飛ぶように部屋を回っていた次男が、今度は壁に張り付いている。両手のひらで懸命に壁のある部分を押している。

「どうしたの?」
「なんでもないよ」

のろのろとと10分ほどかけてすべての洋服をしまい終え、ふと顔を上げると、次男はまだそこで、壁に手を押し当てていた。

「どうしたのったら?」
「なんでもないったら!」

いつもだったら3秒とじっとしていられない次男が、10分も同じ場所にいる。何でもないわけがない。彼の足元には青いマジック。

ピンときた。

数日前、壁に盛大に落書きをして、妻にえらいこと怒られたのだ。またやったのか。やってから、ふと怒られそうなことに気づいて、必死に隠しているのか。僕は、そんな次男の愚かしくもけなげな姿に、笑みを抑えられない。

「描いたものは、しょうがないんだから、見せてごらん」

恐る恐る離した小さい手の下から現れたのは、やはり、落書きだった。

「おかあさんに怒られたばっかじゃん」
「うん」
「どうしても描きたかったの?」
「うん、ちょう(そう)」

なるほど、先ほどまでの嬉しそうな笑顔がそのままプリントされたような、おおきなニコニコマーク。一転して、怒られる不安でいっぱいの、神妙な顔の次男が、愛おしくて愛おしくて、思わず抱きしめる。

「じゃあ俺が内緒で消しといてあげる」
「ごめんね、おとうさん」
「いいよ。嬉しいときは描いていいよ」
「でもしゃあ、おかあしゃんダメっていってた」
「大丈夫、描いていいよ」

太陽の匂いがするフワフワの頭にキスをして、「アイスでも食べといで」と台所へ送り出す。僕は、仕事に疲れて陰鬱だった気持ちが、ずいぶんと軽くなったことに気づいた。

「そうか、キミのおかげか」

僕に元気をくれた笑顔をしばらく眺め、そっとそれをなでて、消すのが惜しくなり、そのまま家事を続けた。て、なんか急に部屋の温度が下がった気が……。あれ?なんだ?視線を感じるぞ!振り返ると、冷たい表情の妻*1が。

「ふーん、そうやって甘やかしてるんだ」
「いやあのこれはほら、すごいかわいいし」
「かわいいかもしれないけど、それで家中の落書き消すのは私(以下略)

お、俺が怒られとる!

心なしか、マークが泣きべそに見えた。

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*1:※注意:妻は大変優しく貞淑な女性で、普段は決してイライラしたり、ましてや怒ったりなんか、絶対にしません。本当に素晴らしい般若いや伴侶です。大好きです。大好きだったら!